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釧路新聞社跡

【4】 大町2-2 (シェル石油スタンド-釧路新聞社跡)

IMG_5552-x.jpg 
十年まへにつくりしといふ漢詩を
酔へば唱へき
旅に老いし友





  建立場所 大町2-2
   建立年月日 1983年(昭和58年) 8月5日


   この歌碑の横には【釧路新聞社は明治35年創立され41年ここに赤レンガで新築
     された】としるされている。
  啄木が釧路についた二十一日の前日には新社屋は完成し引越しも終わっていた。
   出勤した啄木はこの社屋のことを二十二日の日記のなかで「・・・ 昨日迄に移転を
     了した新社屋は、煉瓦造でうつくしい。・・・」とかいています。

IMG_5561.jpg
 この碑はスタンドの敷地内に有り私が最初に
見に行ったときは、止めてあった車の陰に
なっていたので、気が付かず二十分程辺りを
探しました。それでもわからないので近くに
あるコンビに行き店員さんに教えて貰いました。
写真はスタンドの方にお願いして車を移動させてから
写したものです。 
写真の左側街路樹の陰になっていますが、
この先約100メートル程の所に旧釧路新聞
社屋を復元して建てられた港文館があります。




港文館前

【5】 大町2-1 港文館前

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              港文館は啄木が来釧した明治四十一年一月に建てられた旧釧路新聞社の社屋を
                 平成五年三月に復元したもので、一階は喫茶室二階は啄木と港湾に関する資料を
                 展示している。
                 建物の右側に啄木像がありますが、この像はもともと釧路川をはさんで北約900メートル
                 (直線距離)のところにある幸町公園に建てられていた物を社屋が復元されたのを基に移設
                 されました。

DSC_0208.jpg 


                 釧路川を背にして立つ啄木像と歌碑

         
この像の背面には 「1972年10月14日 石川啄木像建立期成会建之
                  彫刻制作並撰文 本郷新」
      と記しています。
 

DSC_0038.jpg 
          さいはての駅に下り立ち
       雪あかり
        さびしき町あゆみ入りにき



DSC_0200.jpg          
      
手前の杭の頭部には「啄木歌留多
     一人百首」の歌を彫った板が取り付
     けられている。

 
DSC_0203_a.jpg

南大通4丁目

【6】 南大通4丁目  釧路信用金庫南支店前


IMG_5609.jpg    
 神のごと
 遠く姿をあらわせる
 阿寒の山の雪のあけぼの

  
      建立場所 南大通4-8
  建立年月日 1997年(平成9年)10月1日

  啄木は四月五日の朝、酒田丸で釧路を去りますがこの日の日記に「七時起床。
    荷役の人夫に頼んで、ハガキを三枚だす。石炭を積み了つて七時半抜錨。
    波なし。八時港外に出た。氷が少し許り。
    後ろには雄阿寒雌阿寒の両山、朝日に映えた雪の姿も長く忘られぬであろう。
    知人岬の燈台も程なくして水平線上に没した。・・・」と書いています。
  
 
この歌と同じ歌碑が阿寒湖畔のボッケの近くに雄阿寒岳を背にして建っています。

DSC_0003.jpg
【3】番の小奴の歌碑から南大通四丁目の方へ歩いて約170メートル程行くと歩道の反対側に釧路信金の看板がみえてきます。

DSC_0013.jpg
6】番の信金の歌碑のすぐ傍に【7】番の歌碑「わが室に・・・」がある。

DSC_0016.jpg
奥の交差点の角に【9】番の啄木ゆめ公園がみえます。









南大通4丁目

【7】南大通4丁目

IMG_5623-x.jpg 
     わが室に女泣きしを
     小説のなかの事かと
     おもひ出ずる



          建立場所 南大通4-1
          建立年月日 1994年(平成6年) 1月31日


DSC_0007.jpg 
【7】番の歌碑から【6】番の歌碑を見たところ。
こんな近くにあります。


DSC_0020.jpg
反対の歩道から見ると道路を挟んでシーサイドホテルが見える。
ホテルの角のところに【8】番の啄木下宿跡の歌碑「こおりたる・・・」があります。







啄木下宿跡

【8】南大通5-1 シーサイドホテル前

IMG_5671-1.jpg  
こおりたるインクの罎を
火に翳し
涙ながれぬともしびの下




  建立場所 南大通5-1
  建立年月日 1983年(昭和58年)8月5日
   
  
 一月三十日啄木が友人の金田一京助に出した手紙に

  「・・・二十一日當地に着し 候ひしより、連日の快晴にて雲一つ見ず、此の方平原
  の上に雄阿寒雌阿寒両山の白装束を眺め候ふ心地は、駿河湾臺の下宿の窓よ
  り富士山を見たると大に趣きを異にし居候、雪は至つて少なく候へど、吹く風の寒
  さは耳を落し鼻を削らずんば止まず、下宿の二階の八畳間に置火鉢一つ抱い
   ては、怎うも恁うもならず、一昨夜行火(?)を買って来て机の下にいれるまでは
  いかに硯を温めて置いても、筆の穂忽ちに凍りて、何ものを書く事が出来ず候ひ
  し、朝起きて見れば夜具の襟眞白になり居り、顔を洗はむとすれば、石鹸箱に
   手が喰付いて離れぬ事屢々に候、・・・・・」

   と書いていますが、厳冬期の一月から二月にかけてを火鉢一つで過ごすことは、
    今釧路に住んでいる私でも考えられませんね。
   

       引用    ノーベル書房発行 石川啄木全集 第五巻
        注;漢字は出来るだけ原文と゛おりにしていますが、一部表記の違うものがあります



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